信用リスク評価モデルについて【統計モデル・誘導モデル・構造モデル】

はじめに

2019年4月に日本金融のオペレーションシステムであった金融検査マニュアルが廃止され、各金融機関が独自の信用リスク評価法を能動設計しうる新時代に突入しました。

今後は従来の信用リスク評価法を盲目的に用いるのではなくアップデートしていくことが求められるでしょう。

信用リスク評価法になじみがない方はデフォルト確率推定法と読み替えていただいても大丈夫です。

しかし信用リスク評価法をアップデートするためには、まず伝統的な信用リスク評価法を知ることが大切です。そこで今回は伝統的な信用リスク評価法を解説していこうと思います。

信用リスク評価法は大きく統計モデル、誘導モデル、構造モデルの3つに分けられます

統計モデル誘導モデル構造モデル
長所精度○
(過学習の恐れあり)
柔軟性○デフォルト感濃度○
短所デフォルト感濃度×適用範囲×精度×
各モデルの特徴

上の表はそれぞれのモデルの特徴をそれぞれの長所・短所という軸でまとめた表です。

以降の解説を簡潔にまとめた表になっているので最後にもう一度見返していただけますと幸いです。

統計モデル

統計モデルとはその名の通り既存の統計モデルにより企業の倒産確率を推定(回帰分析)したり、倒産群もしくは非倒産群かを判別(分類問題)する手法です。

初めて登場した統計モデルはAltman(1968)の重判別分析による企業の信用リスクを推定するモデルです。

統計モデルは今までの倒産企業や非倒産企業に関係する大量のデータを学習させることができるため、過学習とのトレードオフにはなりますが、推定の精度は高くなります。

しかしモデルやデータに依存してしまうこと、膨大な計算資源を必要としてしまうこと、また高度な手法になればなるほど過程がブラックボックス化してしまい人間が理解できない不明瞭なモデルになってしまうといったモデルの精度とトレードオフである欠点もあります。

金融機関は社会的責任の大きさから説明力の高いモデル(そのモデルにどのような正当性があるのか)を求められるため、人間が理解できないという点に関しては特に実務で使用する際のボトルネックとなるでしょう

さらに、通常統計モデルは財務諸表など決算データを利用しますが決算データは通常年4回しか公表されない為、統計モデルではデフォルト確率の推移を日次など細かい期間でモニタリングできないという欠点もあります。

誘導モデル

誘導モデルは単位時間当たりのデフォルト確率であるハザードレートをモデル化し、社債や信用スプレッドから信用リスクを推定するモデルです。

Jarrow and Turnbull(1995)で初めて導入されました。

誘導モデルは自由度が高いモデルでありますが、それ故にモデル依存になりやすく、また社債を発行している企業に適用範囲が限られるという欠点があります

構造モデル

構造モデルはMerton[1974]により導出されたモデルです。

基本的なアイディアは株主が企業に対し持つ価値を、企業価値を原資産、負債価値を行使価格としたコールオプションとみなすというものです。

コールオプションとみなすことにより、ブラックショールズ方程式のようなオプション価格公式によりデフォルト確率を導出することができます。

構造モデルは企業構造を抽象化しているため人間が理解しやすく、また株価と負債のみでデフォルト確率を導出できるので時々刻々と変動する株価を用いて細かい単位でデフォルト確率の推移をモニタリングすることができます

実際に米国格付け会社Moody’sでは構造モデルが商用モデルとして利用されています。

しかし、構造モデルの欠点として株価を用いる為上場企業のみしか扱えない、企業構造を抽象化しているので現実のデフォルト確率との整合性が低いということが挙げられます。しかし、Goldstein et al. [2001]などにより非上場の中小企業にも適用範囲を拡大させる方法が開発、そして発展させられており、非上場企業にも構造モデルの門戸が開かれています。よって上場企業のみでしか用いることが出来ないという欠点は今や失われつつあると言えるでしょう。

終わりに

以上、伝統的な3つの信用リスク評価法について解説しました。

信用リスク評価モデルは主に金融機関で利用されますが、社会的責任の大きさからただ単に精度が高いモデルを使用するのではなく、説明力も兼ね備えたモデルを利用する必要があります。

筆者は個人的に説明力の高い構造モデルを推していますので、構造モデルの精度をどのようにパワーアップさせるのか検証する記事も執筆してみました。もしお時間あれば参照いただけますと幸いです。

ご清覧ありがとうございました。

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